8:30 起床
今朝はフル・イングリッシュ・ブレックファストを。


14時頃から雨の予報なので、半ば日課としている散歩はせずに出かけることに。
ビートルズゆかりの地巡り「Mad Day Out(マッド・デイ・アウト)」
昨日の「トゥイッケナム・フィルム・スタジオ」に続き、今日は1968年7月28日に行われたビートルズのフォトセッション「マッド・デイ・アウト」の撮影場所を巡る。

半分以上が「Mad Day Out」以外の写真で「看板に偽りあり」だ
1968年7月28日は『ホワイト・アルバム』のレコーディング真っ只中に当たり(同アルバムのレコーディングは5月30日に始まって10月13日に終了)、「マッド・デイ・アウト」前後のスケジュールは下記の通り。
- 7/25(木)「While My Guitar Gently Weeps」(テイク1)レコーディング
- 7/26(金)「Hey Jude」仕上げ作業
- 7/27(土) 休日
- 7/28(日)「マッド・デイ・アウト」フォトセッション
- 7/29(月)「Hey Jude」(テイク1~6)レコーディング
「マッド・デイ・アウト」の目的はビートルズの新しいプロモーション用写真を撮影することで、フォトセッションは下記7ヶ所で行われた(撮影順)。
- トムソン・ハウス
- ノッティング・ヒル(マーキュリー・シアター)
- ハイゲイト
- オールド・ストリート
- セント・パンクラス(セント・パンクラス・オールド教会とガーデン)
- ワッピング埠頭
- セント・ジョンズ・ウッド(ポール・マッカートニー邸)
今日は、「7.セント・ジョンズ・ウッド」、「5.セント・パンクラス」、「4.オールド・ストリート」、時間が許せば「6.ワッピング埠頭」にも行ってみたい。
アビー・ロード
11:30 アビー・ロード到着
シーズンオフだからか、観光客は少ない。


アビー・ロード・スタジオの外壁は、常に世界中のファンの落書きで埋め尽くされているが、今日は政治的なメッセージが大きく書き込まれていた。複雑な心境になったが、2026年2月10日にこのようなメッセージがあったことは記しておきたい。



アビー・ロード・ショップには「AKG D19C」というマイクが展示されていた。このマイクは『フォー・セール』から『アビー・ロード』までリンゴ・スターのドラムをレコーディングするのに使用したもので、スタッフから「リンゴ」と呼ばれていたそうだ。これははじめて見た(こんな発見があるからロンドンに来る度にこのショップに来てしまう)。



ショップの一角には、昨年の「oasis Live ‘25」に合わせて作られたoasis コーナーがまだ残っており、アビー・ロード・スタジオでレコーディングしているoasisの姿を捉えた写真を購入できる。



世界一有名な交差点を渡り、「マッド・デイ・アウト」7番目の撮影場所であるポール・マッカートニー邸へ。



ポール・マッカートニー邸(7番目の撮影場所)
アビー・ロード・スタジオから徒歩5分程のところにあるポールの家は、「マッド・デイ・アウト」フォトセッションの7番目(かつ最後)の場所だ。


撮影はこの家の裏庭の「ジオスティック・ドーム(Geodesic Dome)」で行なわれた。言葉で「ジオスティック・ドーム」を説明するのは難しいが、写真を見ればイメージが湧くだろう。道路から裏庭を見ることはできないが、このドームは現存するようだ。

移動と撮影続きの一日の終わりにメンバーの疲れが見て取れる
次の撮影場所に移動するためにセント・ジョンズ・ウッド駅へ。

ちょっと脱線するが、はじめてアビー・ロードを訪れたは、初海外旅行中の1993年2月のこと。当時は「とにかく最寄り駅のセント・ジョンズ・ウッドに行く」ことだけ分かっていて(地球の歩き方の情報か?)、そこから先は「London AZ」という地図を見て確認した(すっかり忘れていたが、Xのフォロワーさんとのやりとりで思い出した)。これでよくたどり着けたものだと思う。

さらに余談だが、当時はヒースロー空港に着いたらすぐに「Time Out」(ロンドン版「ぴあ」のような週刊誌)を買い求め、ロンドン滞在中のライブをチェック。

’93年2月には「Time Out」でエルヴィス・コステロとブロドスキー・クヮルテットのライブがあることを知り、すでにチケットはソールドアウトだったので、チケットは金券屋でプレミアム価格で買った。ライブは弦楽四重奏団とのクラシカルで静かなものだったにもかかわらず、盛り上がりに盛り上がり、ダブルアンコールでは、本編で演奏されたブライアン・ウィルソンの「God Only Knows」が再び演奏された。ダブルアンコールを想定しておらず、レパートリーが足りなくなったようだ。これが海外ではじめて観たライブとなった。

現地でカセットテープを買い、ウォークマンでライブの予習をした
セント・パンクラス・オールド教会とガーデン(5番目の撮影場所)
12:45 地下鉄キングス・クロス・セント・パンクラス駅到着
地下鉄駅に隣接し、ユーロ・スターも発着するセント・パンクラス駅でトイレに立ち寄ると、NHKの「街角ピアノ」で見たことのある場所だった。そうか、ここだったのか!

13:20 セント・パンクラス・オールド教会到着
セント・パンクラス駅からは徒歩15分。


セント・パンクラス・オールド教会
敷地に入ると、いきなりメンバーが撮影した教会の入口!ほぼ1968年当時のまま残っていることに感動。






教会はセント・パンクラス・ガーデンと隣接しているが、教会とガーデンを仕切る柵がある。この柵周辺こそが、ビートルズのベスト盤(『赤盤』『青盤』)の見開きジャケットに使用された、あの印象的な写真の撮影場所だ。メンバーと一緒に映っているのは、ガーデンで撮影していたビートルズに気づいて集まってきた人だかりだという。





ビートルズは隣接するガーデンでも多くの写真を撮ってる。

水飲み場


モニュメント前のベンチ





ジョン・ソーンのお墓


タチアオイの茂る花壇


教会とガーデンは10分もあれば1周できるので、コンパクトにビートルズの足跡を追うことができる。当時のままのところも多く、お勧めのビートルズゆかりの地だ。
14:50 小雨が降ってきたので、次の撮影地へ
オールド・ストリート(4番目の撮影場所)
15:20 地下鉄オールド・ストリート駅到着




駅を出たところでメンバーは、「喧嘩するふり」や「落ちるふり」の写真を撮影した。



しかし、当時とはビルも建て替わり、駅前の風景が大きく変わってしまったことと、メンバーが上って写真を撮った「コンクリートの構造物」が撤去されてしまったため、撮影場所の特定に苦労した。



残念ながら、ここオールド・ストリートではビートルズの残り香を感じることはできなかった。雨が本降りになってきたので、ワッピング埠頭は断念。
ロンドンのソウル・フード「パイ&マッシュ」の老舗へ
雨に濡れて冷えたので、温かいものを食べたくなった。そこで、在日イギリス大使館がXで紹介していた「パイ&マッシュ」をトライしてみることに。「パイ&マッシュ」とは19世紀にイースト・エンドで生まれた労働者階級のソウルフードで、ミートパイとマッシュポテトに緑色のパセリソース(リカー)をかけたロンドンの伝統料理。
16:40 「M. Manze (エム・マンゼ)」到着
1892年創業のロンドン最古のチェーン「エム・マンゼ」のタワーブリッジ店に行く。

タイルを使った内装はレトロ感満載で下町の食堂といった趣き。


スタッフがミートパイとマッシュポテトを皿に乗せてリカーをかけ、代金を支払う。その間、わずか15秒。究極のファストフードだ。パイは挽肉がたっぷりでマッシュは少し甘い。全体的に薄味なので、卓上の胡椒とチリソースをかけて食べた。ナイストライ!


Van Morrison Almuni Band
19:00 エメラルド・シアター
ロンドン最後の夜はヴァン・モリソンのトリビュートバンドを。


カバーバンドは観ない主義だが、このバンドはシンガーを除いて全員ヴァンと共演経験がある敏腕ミュージシャンと聞き、チケットを取った。

結果、歌い手が変わることによって、曲そのものの素晴らしさを再認識できてよかった。
23:00 ホテルに戻る
「台湾メシ 魯肉飯」で遅い夕飯。
毎晩「完全メシ」か「カップヌードル」を食べて日清食品の回し者のようになってしまったが(決してそうではありません)、夜にライブや演劇、ミュージカルを観ると、どうしてもホテルに戻るのが23時過ぎになってしまい、外食できる店はほとんど閉まっている。冬はもとより、夏でも夜は寒いことがあるので、安くて美味しくて、カラダが温まるインスタント食品を日本から持参するようになった次第。
24:30 就寝
Day 10-12)いよいよイギリス・アイルランドも大団円。大きな実りとともに帰国。



