Day 0【ソウルで舞台『千と千尋の神隠し』を観るということ】(2/13-16/2026)

spirited-away 上白石萌音(Mone Kamishiraishi)

旅のあらまし
ソウル旅行の目的は舞台『千と千尋の神隠し』を観ること。同作のソウル公演期間は、2026年1月7日から3月22日の2ヶ月半。2月上旬にイギリスとアイルランドを旅行するので、当初は3月に渡韓しようと考えていた。しかしながら、1月14日に発表された2~3月公演のキャストを見て、3月の大千穐楽を待たず、2月15日に上白石萌音さんが千穐楽を迎えることがわかった。彼女の演技が観たかったので、ロンドンから帰国した翌朝にソウルに向かい、3泊4日で『千と千尋の神隠し』4公演を観るという旅程を組んだ。なかなかの強行軍だが、観たいものがあるのだから行くしかない。

なお、この文章はソウル旅行記の長い前書きであることを予めお断りしておく。

宮崎駿監督のこと
はじめて宮崎駿監督に会ったのは2000年4月29日のこと。その日はゴールデンウィークに入ったばかりの土曜日で、中学時代の親友(いつも旅の移動図を作ってくれる)と夕食を取った後、ドライブがてら新作映画を制作中のスタジオジブリに行くことになった。スタジオに着いたのは22時15分頃。停車して周辺を歩いていると、薄暗い砂利道をザッ、ザッと音を立てながらこちらに歩いてくる男性のシルエットが見えた。なんと、それが宮崎監督だった。

親友と一緒の心強さもあり、思わず「こんばんは」と声をかけ、子供の頃から監督の作品を見て育ったこと、金曜ロードショーの『ルパン三世 カリオストロの城』を見るために塾から走って帰ったこと、毎日本屋に通っては『ルパン三世 カリオストロの城 絵コンテ集』を買うかどうか、迷いに迷ったあげく、本屋通いの5日目で買ったこと(中学生にとって1,980円は高額だった)、そして、今日その本を持参していることを伝えた。

「もしよろしければ、その本にサインをいただけませんか?」と訊くと、「いいですよ」と快諾してくれた(あれ?最近ベルファストで同じような展開があったな)。急いで本とサインペンを車に取りに行き、走って監督のアトリエ(通称「豚屋」)に戻る。監督は「(状態が)キレイですね」と言いながら、16年前に購入した本に為書きとともにサインしてくれた。僕は「大切にしてましたから」と答える(この絵コンテ集は紙質が悪く、光を当てるとすぐに茶色になったり、汚れが付きやすかったが、僕は大切に扱っていた)。念のため持参した『風の谷のナウシカ 宮崎駿 水彩画集』にも首尾良くサインを貰うことができた(我ながら準備がよい)。

1984年に買った「ルパン三世 カリオストロの城 絵コンテ集」
「風の谷のナウシカ 宮崎駿 水彩画集」

さらに「もしよろしければ、一緒に写真を撮っていただけませんか?」とお願いしてみると、再度快諾してくれたので(この展開もベルファストであった)、「豚屋」の入口の前で一緒に写真を撮ってもらった(友達が僕の写真を撮り、僕が友達の写真を撮った)。深々とお辞儀をしながら御礼を言うと、監督はアトリエに入っていった。これ以上の幸運はない。

小中学生の時に観た『未来少年コナン』『カリオストロの城』が大好きだった僕らは、サインを眺めながら、何度もこの夜の出来事を反芻しているうちに夜が明けてしまった。興奮のあまり一睡もできずに朝一番で写真を現像に行き、1時間後にできあがった写真には緊張した表情の僕と、その隣で左手にタバコを持つ監督の姿が収まっていた。

その時制作していた新作映画が『千と千尋の神隠し』だったと分かったのは、その翌年、2001年のことだった。

上白石萌音さんのこと
【「On My Own 」の静かな衝撃
はじめて上白石萌音さん(以下、上白石)を認識したのは2014年9月のこと。たまたまテレビで放送された特番『舞子はレディができるまで。』を観た。それまで彼女のことは知らなかったから、周防正行監督の新作映画として興味を持ったんだと思う。番組では、中学校の制服姿で最終オーディションに挑む上白石が、『レ・ミゼラブル』「On My Own」をアカペラで歌う様子が放送された。発声、声量、音程、ピッチ、英語の発音、すべてが素晴らしかったが、何よりその切実な歌声が、エポニーヌの叶わぬ恋心を見事に表現していることに心底驚いた(このメイキング映像はDVDやブルーレイソフトに収録されているが、残念ながら音声は大人の事情でカットされている)。これほど真に迫った「On My Own」は観たことがなかった

「紅の豚」「よいパイロットの第一条件は経験ではなく、インスピレーションだ」というセリフがあるけれど、上白石(当時14歳!)の歌唱はこの言葉を地で行くような、インスピレーションに満ちたパフォーマンスだった。「凄い人が出てきたぞ」と、それ以来注目するようになった。

【ミュージカル『赤毛のアン』】
2015年8月のミュージカル『赤毛のアン』ではじめて観た演技と歌唱は、繊細で堅実だった。「本当にこれがミュージカル初主演?」と思うくらい、舞台上の振る舞いは堂々としていて、安定感があった(当然、その安定感は日々の修練と周到な準備の賜物だろう)。カーテンコールで本番の緊張から解き放たれたようにキャストが自由に踊り出す中、彼女はブレークダンス風の踊りを披露し、ダンスのポテンシャルの高さも伺えた。

終演後、楽屋口から出てきた上白石さんにサインをお願いすると、可愛らしい平仮名で為書きしてくれた。

無料配布されたパンフレットにサインをお願いした
エステー凄い!

【初ライブ(「On My Own」の衝撃、再び)】
歌手・上白石を観たのはそれから2ケ月後の2015年10月青山のライブハウス「月見ル君思フ」。対バン形式のライブで、デビュー前だったにもかかわらず、2つのバンドが演奏した後、最後に登場。大胆だ。

「月見ル君思フ」入口

キーを取るために伴奏のギタリストが「ポーン」と一音を鳴らすと、おもむろにアカペラで「On My Own」を歌い出す人生初ライブの1曲目がアカペラとは大胆だ。最前列中央で観ていたので、緊張で彼女の手が少し震えているのが見えた。決して大きくはない会場は、初々しく、透明で伸びやかな歌声で満たされる。張り詰めた「On My Own」が終る頃には、僕の心はヒリヒリと低温火傷を負っていた。曲に対する理解度とそれを表現できる技術力の高さ、やっぱりこの人はただ者ではない

ここから見る
終演後、2階席からステージ全体を見る

終演後、楽屋が狭いのか、上白石はライブ会場の外で関係者と思しき観客たちと歓談していた。歓談が一段落したのを見計らって『舞子はレディ』のサントラ(当時、歌声が収録された唯一のCD)にサインをお願いすると、隣にいた大柄なマネージャー氏が「(サインを頼まれて)よかったね」と彼女に声をかけた。こうして僕は、幸運にも「歌手 上白石萌音」誕生の日にサインを貰うという栄誉に預かった(これは自慢していいと思う)。

CDデビュー前だったので、主演映画のサントラにサインをお願いした

その後も彼女は舞台やTVドラマ、映画出演と平行してライブハウスでの活動を続け、2016年10月に歌手デビューを果たす。東京のライブは欠かさず観てきたが、中でも忘れがたい思い出は、2017年11月の赤坂BLITZのライブでミート&グリートに当選し、終演後に一緒に写真を撮ってもらったことだ(これも自慢していいと思う)。舞台上では大きく見えた上白石さんの身長は、丁度僕の肩の高さだった。その写真は、もう使わなくなったiPhone 6に今も残っている。

【その後の活躍】
俳優と歌手の活動を両輪に着実にキャリアを重ね、2021年には朝ドラのヒロインに抜擢、その後の活躍は改めてここに書くまでもないだろう。

今、上白石萌音はウェスト・エンドの舞台に一番近い日本人俳優だ(個人の感想です)。僕には、近い将来、彼女がソンドハイム・シアターで「On My Own」を歌っている姿が見える。

舞台『千と千尋の神隠し』のこと
2022年2月に東京で舞台『千と千尋の神隠し』の公演が始まった上白石が千尋役に配され、僕の中では「宮崎駿 × 上白石萌音」という形でつながった。

舞台ならではの表現技巧を駆使したジョン・ケアードの演出は、アニメーションの世界を見事にこの世に現出させ、上白石は突然異世界に放り込まれた千尋の戸惑いと成長を丁寧に演じて、2次元のキャラクターに息を吹き込んだ(観ていてイライラするくらい、千尋の「どんくささ」を表現する演技が上手かった)。

2022年帝国劇場初演
キャスト表(下に感染症対策あり)
サイン入りポスター

あまりに素晴らしい舞台だったので、2022年の東京初演以降、23年の名古屋、24年の東京・大阪再演とロンドン公演を観た(大千穐楽も観たロンドン公演はいずれ記事にしたい)。

ソウルのこと
出張ではじめてソウルを訪れたのは1995年、韓国民主化宣言からわずか8年後のこと。ソウル駐在員所長は「この国は未だ準戦時下にあり、非常時には漢江に掛かる橋がスイッチ1つで崩落するようになっている」と教えてくれた。当時、韓国は「近くて遠い国」だった

家人に韓国人の友達がいたので、2002年から2004年にかけてプライベートで何度かソウルを訪問した。2002年FIFAワールドカップ日韓共催という大きな後押しもあり、それまで禁止されていた日本語の歌が2004年に全面的に開放され、韓国は「少し近い国」になった。

2008年から2011年にかけて年に何度もソウルに出張し、韓国企業の人たちとよく飲みに行った。彼らは、1軒目の韓国料理店でソジュ(韓国焼酎)かマッコリ、2軒目のスポーツバーでビール、3軒目のカラオケでソジュかビール、4軒目に僕が泊まっているホテルのバーでウィスキー、と1時間毎に店と酒を変えた。これは「客人に少しでも楽しんでもらおう」という、韓国人ならではの「情ともてなしの精神」だろう。4軒も廻っていると、「朝3時にお開き」なんてこともよくあった。でも、そんな夜を乗り越えて翌朝の打ち合わせで再会すると、「昨夜は(お互いたくさん酒を飲んで)頑張ったな」とグーンと距離が縮まった。お陰で「もう一杯ください」と韓国語で言えるようになった(ハナ ト チュセヨ)。そんな経験を通じ、韓国は「近い国」になった

ソウルに行く!
2026年の年明けからソウルで舞台『千と千尋の神隠し』が上演されることになり、「宮崎駿 × 上白石萌音 × ソウル」という形でつながった。こんな「好き」の掛け算、ソウルに行くしかない

Day 1)ソウルで舞台『千と千尋の神隠し』マチソワで観た1日目はこちら

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