9時起床。この旅70日目にしてはじめてライブも観光の予定もないこの日は、ヴァン・モリソンファンの友達2人と食事をすることになった。
Fさんとランチ
日本生まれのFさんは、お父さんの仕事の関係で幼い頃に一家で渡英。日本語はあまり覚えていなくて、会話は英語だ。僕の両親より少し下の世代で、移住した1960年代は周囲に日本人が1人も居なかったこともあり、新しい環境に溶け込むのに苦労したという。以前はロンドンに住んで働いていたが、退職後はロンドン近郊の実家に戻って暮らしている。
Fさんとは2023年2月にFacebookのヴァン・モリソンのファングループを通じて知り合い、翌3月にミルトン・キーンズ(イギリスの地方都市)でヴァンのライブを一緒に観た。そのライブ終演後にFさんがツアースタッフを紹介してくれたことで、ヴァンのサインを貰えるようになった(このエピソードもいずれ記事にしたい)。以後、僕が渡英する度に、彼女の住む街に行って食事したり、Fさんにロンドンまで出てきてもらってアフタヌーンティーしたり、ヴァンのライブ会場で会ったり、ロンドンでコリーヌ・ベイリー・レイのスタンディングライブを一緒に観たり(たまたま同じライブのチケットを取っていた)と、そんな交流を続けてきた。Fさんは、毎回日本からお土産を持参する僕のことを、日本の遠い親戚の子供くらいに思っているのだろう。
Fさんが行ったことがないというので、ランチはお馴染み「クラウン・ダイニング・ルーム」で取ることにした。



Fさんはギネス(ハーフパイント)とアイリッシュシチュー、僕はフィッシュ&チップスとギネス(パイント)を注文。食事中の話題は、ヴァンの最新作『Remembering Now』の感想やFさんが最近始めたという瞑想の話。彼女は『Remembering Now』を聴いていると、9歳まで暮らした生まれ故郷を思い出すと言う。デザートにアイスクリームを食べて、1階のバー「クラウン・リカー・サロン」に降りる。



1826年に開店した「クラウン・リカー・サロン」は北アイルランドを代表するパブの一つ。その博物館のような内装の中でもとりわけ美しいステンドグラスや木製の装飾、タイル張りはイタリア人職人の手によるものだという。夏期は観光客で混み合っているが、内装を見に行くだけでも価値があるパブだ。






また明日、とFさんと別れる。
ハドリーとディナー
アメリカ人のハドリーは、元々はFさんのFacebook友達のヴァン・モリソンファンで、僕がFさんと友達になった数ヶ月後の2023年の夏、ハドリーから申請をもらって友達になった。音楽好き同士ということでメッセンジャーでのやり取りが続いていたが、3日前にライブ会場でついに初対面を果たした。
ディナーは彼女が滞在するホテルのレストランで取ることになった。ベルファスト中心地からホテル最寄りの駅までは電車で約30分弱。電車は海岸沿いを進み、ちょっとした小旅行気分だ。

ベルファスト郊外に位置するこの豪華なホテルではヴァンの目撃談が後を絶たず、彼のベルファストライブの際には海外からのファンが宿泊するようだ。運が良ければ、今日もヴァンを見かけるかもしれない。



ホテルのバーでハドリーと落ち合い、12エーカー(約5万㎡)の広さを誇る庭園を散歩しながら話していると、突然男性から声を掛けられた。なんと!その男性は、昨夜のライブで僕の左隣に座り、セットリストを貰い損ねたブライアンだった!!数時間前、最前列に隣同士で座った3人が会場から離れた場所で再会するなんて、いくら世界が狭くなったからといえ、これにはビックリした。海を見ながら3人でしばし歓談。ベルファスト出身のブライアンはイングランドに引っ越してから、それまではなんとも思っていなかったヴァンに突然ハマったとのこと。


18時にハドリーが予約してくれたホテル内のレストランに入ると、一番奥の窓際の席に通された。ハドリーは肉料理を、僕は前菜に牛肉のタタキ、メインは鱈のグリルを注文。新鮮な食材と繊細な調理法で、見た目通りの美味しさだ。



僕より一回り以上年下のハドリーは、アメリカの東海岸育ちの文学者で、両親は共にミュージャンだそうだ。
そんなお互いの身の上話の後に、彼女がこんなエピソードを披露してくれた。以前、大学の卒業論文を書くために、ある高名なロックバンドの元メンバーにインタビューを申し入れたら快諾された。インタビューを繰り返すうちに元メンバーの家に呼ばれるようになり、彼のパーソナルアシスタントになった。元メンバーは、晩年金銭的に困窮し、それまで住んでいた家を売り払って引っ越さなくてはならなくなってしまった。彼女が引っ越し先の小さな家に入りきらない荷物を倉庫に移しているときに、ネズミに囓られてボロボロになったテープを見つけた。その後、テープにはアメリカンロック史上、極めて重要な音楽が録音されていることが分かり、テープレストアの専門家の手によって復元され、CDリリースされた(僕もボックスセットを持っている)。これは本当に凄い話だった。
このエピソード以外のトピックスは、「ビート・ジェネレーション(1950年代アメリカのカウンターカルチャー)」や「ニューエイジ・ムーブメント(1960年代後半から70年代のアメリカで生まれたスピリチュアルな文化運動)」、という高尚なディナータイムとなった(若い頃に「ビート・ジェネレーション」の代表作である、アレン・ギンズバーグの「吠える」とジャック・ケルアックの「路上で」を読んでおいてよかった)。こんなトピックスを語ることができる人はなかなかいないので、よい友達ができて嬉しい。
灯の灯ったホテル館内を少し散策して、ハドリーと別れる。



電車でベルファスト中心地に戻り、夜の街を散策。








ホテルに戻って洗濯。旅の残日数を数えると、これが最後の洗濯になる。そう考えると、寂しいような、安堵するような気分。Fさんとハドリーに一緒に撮った写真を送り、12時半就寝。
そうそう、「ホテルでヴァンを目撃したのか?」問題があった。
でも、その答えはご想像にお任せしよう。
この旅、71日目の記事はこちら



