7時半起床。この朝食も2ヶ月振りだ。

ヴァン・モリソン・ウォーキングツアー
9時、「ヨーロッパホテル」の入口で、ゴールウェイの「14の商人部族」を先祖に持つアルと待ち合わせ。彼とはFacebookのヴァン・モリソンのファングループで知り合い、今日が初対面で、ヴァンゆかりの地をガイドしてもらう。彼は軍隊を退役後、現在は東ベルファスト地区に関するボランティアをしている。他に陽気なドイツ人2人がツアーに参加。
アルと「14の商人部族」のエピソードはこちら
ヴァンの公式ホームページに「ヴァン・モリソン・トレイル」というガイドがあり、これまでベルファストに来る度にこのガイドを片手に東ベルファストを歩き、子供時代のヴァンの足跡を辿った。全行程3.5kmのこのトレイルは、半日もあればすべて廻ることができる(場所を特定できなかったところもあるが)。

↓ここでPDFをダウンロードできる
https://s3-eu-west-1.amazonaws.com/vanmorrisoncom/downloads/Mystic-of-the-East_The-Van-Morrison-Trail-Interactive-Map.pdf
東ベルファスト
東ベルファストは19世紀から20世紀初頭にかけて、造船、リネン・ロープ・タバコ製造などの産業で栄え、労働者のための赤レンガ造りのテラスハウス(長屋)が建ち並んだ。ヴァンの父親は造船所で電気技師として働き、モリソン家も長屋の一角にある。
ツアーは東ベルファストのビジターセンターから始まり、アルの話を聞きながら徒歩でヴァンゆかりの地を廻る。

窓拭きとソウルフード
最初に行ったのは、若きヴァンが窓拭きをしていたビルで(現在はCo-op)、その経験は「Cleaning Windows」という曲になっている。

Co-opの隣のビルには「A Sense of Wonder」に登場する「デイヴィーズ・チッパー(Davey’s Chipper)」がある。ヴァンが友達とおやつを買った、パンやパスティ(牛肉や薄切りジャガイモなどが入ったパイのようなもの)の店で、現在は中華料理屋になっている。ここは、以前独りで歩いた時には特定できなかった場所だ。

エルムグローブ小学校(Elmgrove Primary School)
ヴァンが1950年から1956年まで通った小学校。2024年11月に閉校となり、別の場所に新しい校舎が建設された。

ザ・ホロー(The Hollow)
「ザ・ホロー」は初期のヒット曲「The Brown Eyed Girl(1967年)」に登場する、二つの川が合流するビーチー川の窪みだ。「Hollow」には「盆地」や「谷間」といった意味もあるが、実際に現地を眺めてみると、「窪み」と訳すのが最適だと思う。






「The Brown Eyed Girl」はこんな歌詞で始まる(和文は拙訳)。
Hey, where did we go, days when the rains came
Down in the hollow, playing a new game
Laughing and a-running, hey, hey
Skipping and a-jumping
In the misty morning fog with our, our hearts a-thumping
And you, my brown eyed girl
-The Brown Eyed Girl-
雨に降られたあの頃 僕らはどこに行ったっけ
あの窪みで新しいゲームをして遊んだね
笑ったり 走ったり
スキップしたり ジャンプしたり
朝もやの霧のなか 高鳴る二人の鼓動
君は 僕のブラウン・アイド・ガール
ここはヴァンの生家から歩いて数分のところにあり、幼きヴァンがガールフレンドや友達とこの川の窪みを遊び場にしていた様子が目に浮かぶ。
アルの解説で送電鉄塔(Pylon)があることに気づいた。この鉄塔は「You Know What They’re Writing About」や「On Hyndford Street」で言及されている。何度か来ているが、鉄塔と歌との関連性には気づかなかった。

川の方を向く1人掛けのベンチ。スペースはあるのに、1人用のベンチとは不可解だ。アル曰く、ヴァンの歌詞を引用して「静寂を感じるため(to feel the silence)に敢えて1人掛けなんだ」。なるほど、これも気づかなかった。

ハインドフォード・ストリート(Hyndford Street)
ザ・ホローから数分歩いたところにヴァンの生家がある「ハインドフォード・ストリート」がある。通りの左右一帯が長屋だ。


ヴァンはこの125番地の家に1941年から1961年まで20年間暮らした。


この通りからもザ・ホローの送電鉄塔が見える。これもはじめて気づいた。

路地裏に入ると、地域のアーティストが描いたヴァンの壁画があった。

ベルファスト・カウンティ・ダウン鉄道(Belfast County Down Railway)
既に廃線になったベルファスト・カウンティ・ダウン鉄道の跡地を通る(往時の面影はない)。この鉄道は「Evening Train」「Cyprus Avenue」「On Hyndford Street」で言及されている。

サイプラス・アヴェニュー(Cyprus Avenue)
ヴァンの家から徒歩圏内にある「サイプラス・アヴェニュー」は、両側に街路樹が植わり、豪邸が建ち並んでいる。長屋住まいの幼いヴァンにとって、この裕福な町並みは富の象徴として別世界のように映ったという。「Cyprus Avenue」「On Hyndford Street」「Orangefield」などの重要曲で触れられており、ファンにとっては「ザ・ホロー」「ハインドフォード・ストリート」と並んで聖地のような場所だ。また、10年前のヴァンの70歳の誕生日を祝うコンサートはこの通りを閉鎖して開かれた(観たかった)。



アルが、ヴァンの熱烈なファンだった亡き夫の遺灰をこの通りに撒いた未亡人のエピソードを披露してくれた。「でも、その日は風が強くてね。遺灰の大半は僕のジャケットにかかってしまったんだ」。「笑えない笑える話」だが、アルの鉄板ネタなのだろう。
聖ドナード教会(Saint Donard’s Chruch)
ヴァンの両親が結婚した教会。この教会の鐘の音はヴァンの住むハインドフォード・ストリートまで届き、「Besides You」の中で言及されている。

12時半、車で中心地に戻ってツアー終了。ほとんどが今までに行ったことのある場所だったけど、アルの解説によって、いかにヴァンの音楽が東ベルファストに根ざしているか、よく分かって有意義だった。ドイツ人の2人は今夜のライブを観に行くというので、「会場でまた会おう」と言って別れた。
ホテルに戻ってスーパーで買ったサンドウィッチの昼食を取り、昼寝。
ライブ会場へ
今夜と明晩は「Rock’n’ Roll & Swing Session」と名付けられた自由席のライブで、サポートアクトとしてロンドンからジャイブバンド「The Jive Ace」が出演する。

15時、開場の3時間半前に会場に着くと、既に5人が並んでいた。6番目ならいい席を取れるだろう。並んでいる間に、アイルランド人のブライアン(なんと東京在住!日本語は話せない)、ベルファスト近郊に住んでいる姉妹、アメリカ・ポートランドから来たシェーンとクリスティーンのカップルと知り合う。



定刻の18時半に入場すると、アメリカ人グループが最前列中央の席に洋服を置いて席取りをしていた(計8席ほど)。彼らは行列していた僕らとは別口で先に入場しており、これはアンフェアだ(他の会場で、最前列の席がVIP用にあらかじめ確保されていたことがあるが、ヴァンのライブでこれほど利己的な行為を見たのは初めてだ)。グループの1人の女性が申し訳なく思ったのか、席を交換してくれて、なんとか最前列中央から6席目を確保。席も決まったので、会場をチェック。



会場では、デイヴィッド(アメリカ人)、ショーン(カナダ人)、ボブ(アイルランド人のおじいちゃん)と再会。特に、ボブは6月にダブリンでのヴァンとニール・ヤングの屋外ライブで場所取りを助けてくれたので、その時のお礼を言えてよかった。
ボブが助けてくれたエピソードはこちら
The Jive Ace演奏後のステージチェンジで、ピアノがちょうど僕の視界を遮るステージ中央寄りにセッティングされてしまったが、ヴァンのマイクはギリギリ見える。


Rock’n’ Roll & Swing Session
ヴァンのステージは、もうすぐ80歳になるとは思えない程、力強い歌声で素晴らしかった。演奏されたのはショウのコンセプト通りロックンロールとスィングのカバーばかりで、アンコールの「Gloria」以外にオリジナル曲は演奏されなかったものの、タイトなロックンロールを楽しむことができた。


とりわけヴァンがエレキギターを掻き鳴らしながら歌った「Who Do You Love」と「Not Fade Away」のメドレーは白眉。
終演後にはハドリー(アメリカ人)が最前列にいる僕を見つけて声を掛けてくれた。彼女とは2023年にヴァンのFacebookグループで知り合い、音楽に関するやり取りが続いていたが、これが初対面。やり取りを始めて2年、やっと会えたことをハグして喜び合った。今週末のヴァンの80歳の誕生日を祝うライブのために、世界中のファンがベルファストに集結し始めているのだ。
いつもサインをお願いするツアーマネージャーのP氏がいたので、「今日は(サインをお願いするものは)何も持ってないよ!」と言いながら空の両手を見せると、苦笑い(日本から持参したレコードジャケットは、6月のライブでサインを貰っていた)。
ホテルに戻り、洗濯して1時半就寝。



