9時起床。昨日のツアーで疲れたのでホテルで休養することも考えたが、天気がいいのでコークを観光することに。ガイドブックの地図を見ながら、どうやって観光名所を効率的に廻るか思案した結果、「ホテル → 聖アン教会 → フィッツジェラルド公園 → コーク博物館 → コーク大学 → 聖フィンバー大聖堂 → イングリッシュ・マーケット → ホテル」と街を反時計回りに廻ることにした。
朝食にエッグベネディクトを注文したら、ボリュームたっぷりのメインの上に軽く揚げた海苔のトッピング!斬新な組み合わせだが、磯の香りと塩気が加わって美味しかった。

午前11時の気温は16℃(最高気温20℃)、東京でいえば春の陽気だ。ショートパンツでは少し寒いので長ズボンを履いたが、上はTシャツ一枚でちょうどいい。

高台にあるコークのシンボル、聖アン教会に向かって歩くと、カラフルな建物やドアが街に華やぎを添えていた。



聖アン教会(シャンドン教会)
この教会では、鐘楼の下にある紐を引っ張ることで、自分で鐘を鳴らすことができるのだが、残念ながら保全工事中。


まずは鐘楼を目指す。教会内は質素な印象だ。



忍者屋敷のような狭い階段を登る。


大人1人がギリギリ通れる通路
鐘楼に出ると、坂が多くカラフルな家々が点在する街を丘が囲む、そんなコークの全体像を見渡すことができた。






階段を下りると、ステンドグラスに陽が差し込んで、白い壁に色を付け始めていた。しばし色とりどりの、刻々と変化する光の模様を眺める。






坂道を2km弱歩いてフィッツジェラルド公園へ。


フィッツジェラルド公園
園内は清潔で、人々が陽の光を浴びて寛いでいる。人口の池では、ハチが蓮の花の蜜を取っていた。



コーク博物館
公園の敷地内にあるコーク博物館も工事中。

館内ではコーク育ちのロリー・ギャラガー展をやっていた。ロリーのギター・機材や服、各地のライブ告知ポスターなど、充実した展示内容だ。






博物館の出入口付近にタッチパネルのディスプレイがあり、何気なく触ってみると、今日のエンタメ情報が表示された。演奏される音楽の種類、ミュージシャン、会場、開演時間、料金などがわかる。コンサート会場やライブハウスでのライブ情報だけでなく、パブの情報まで掲載されているのは、旅行者にとってもありがたい(地方都市でここまで充実したエンタメ情報サイトははじめてだ)。

「PURE CORK」のURL https://www.purecork.ie
コーク大学
次の目的地への途上にあったのでコーク大学を通り抜けるが、他人様の学校を見ても特に感慨は湧かず。


聖フィンバー大聖堂
コークの起源は、聖フィンバーが7世紀にこの場所に教会と神学校を建立したことに由来するという。



中に入ると、ちょうどアイルランド最大を誇るパイプオルガンの調整が始まったので、すぐ側で技術者の試奏を聴いた。まず、もの凄い低音の振動がカラダに伝わってくる。パイプオルガンの音は、一度高い天井まで上がっていって、その後下に降ってきた。音が教会の内部全体を柔らかく包み込む感じで、一瞬「ここは天国か」と思ったくらい。試奏ではあったが、これは素晴らしい音楽体験だった。

聖堂内をじっくりと見る。先程の聖アン教会の素朴な雰囲気とは異なり、荘厳だ。












外に出て、大聖堂をグルッと周る。



イングリッシュ・マーケット
街の中心部まで戻り、様々な食材店とファストフード店がひしめき合う、イングリッシュ・マーケットに着く頃には15時を過ぎていた。








同感!
オフリーンズ・グルメ・ソーセージ(O’flynn’s Gourmet Sausage)でオリジナルホットドック(€7.50、約1,400円)を買い求め、遅い昼食を取る(市場内に飲食用のテーブルはないので、隅で立って食べた)。注文が入ってから、細い温度計をソーセージに刺して中心温度を確認したことに関心。そこまで品質にこだわる店だから当然だが、甘辛い味付けも美味しかった。



ホテルに戻って「PURE CORK」でライブ情報を調べ、今夜はパブ「The Welcome Inn」の「Ballads & Banjos」を観に行くことに。開演は21時半なので、少々昼寝。

アイリッシュ・パブでアイルランドの歌を聴く
コーク3日目にしてやっと音楽を聴きに出かける。パブには開演30分前の21時に到着。既に店内は夕食を終えた客で混み始めていた(観光客と地元客が半々といったところか)。ミュージシャンの演奏スペースの対面の壁際に空いた椅子があったので、ギネスを飲みながら待機。



創業1845年!
21時半、定刻にギターとバンジョーの男性デュオ「Ballads & Banjos」の演奏が始まった。素朴なメロディと力強い歌声がすっと心の奥まで届く。歌詞を知っていたら、一緒に歌いたくなったことだろう。

ショウの中盤で隣のテーブル席が空いたので、地元のおじさん(かなり酔っている)と相席になった。演奏が終ると、彼が「ここはコークで一番のパブなんだぜ」と教えてくれる(なんだぜ、としか訳せない口調と風体)。「じゃあ、僕はラッキーだね」と言うと、「あんたはラッキーだよ」とウィンクされた。「明日も来るか?」、「明日は他の店に行ってみるよ」。社交辞令だとしても、こんな風に話しかけてもらうと嬉しいし、コークの人は本当にフレンドリーだ。

「なぜ、アイルランド人の歌にこうも簡単に心を鷲掴みにされるのか?」、その理由がわかった夜。
アイルランド音楽とオアシス
アイルランドの歌を聞いて、作家C.W.ニコルがウェールズの実家を出るときに、おじいさんから「困難があったら立ち向かえ、いつも心に歌を忘れるな」という言葉を贈られた話を思い出した(いい話だ)。アイルランドとウェールズは異なる国だが、いずれもケルト系の言語を話すという点で共通している。
「困難があったら立ち向かえ、いつも心に歌を忘れるな」という言葉の裏を返せば、「困難に立ち向かうときに思いつく歌は、いつでも心に残っているもの」と言えまいか。心に残る歌は覚えやすく、メロディは反復したくなる。誰の人生にも困難と悲しみはあるが、ウェールズやアイルランドといったケルト系の国々(ケルト諸語国)では、困難を乗り越えようとする人々を鼓舞し、悲しみを癒やすのが、歌なのだろう。
オアシスファンにはよく知られたことだが、ギャラガー兄弟の両親はアイルランドからの移民だ。ノエル自身もインタビューで「俺は自分がイングランド人だとは思っていない。両親はアイルランド人だし、妻はスコットランド人で、子供達も妻の影響でスコットランド人らしさがあるからだ※」とまで発言しており、自身にアイルランド人の血が流れていることを強く意識していることが分かる。※タブロイド誌「Daily Star」のユーロ2016に関するインタビュー記事より
ノエルの作る歌は、今夜聞いたアイルランドの歌同様にシンプルで覚えやすく、一緒に歌わずにはいられない魅力に溢れている。そして、そのメロディと言葉はリアムの力強い歌声によって僕の心の奥深いところまで届けられて、ずっとそこに留まる。だからこそ、オアシスの歌はいつも僕らの心にあるのだと思う。


1時就寝。
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