7時45分起床。レオナルドホテルの朝食はビュッフェ形式で、特に面白みはなく、日本のビジネスホテルのような堅実な品揃えと平均的な美味しさ。うーん、そろそろ日本食が恋しくなってきた。

アラン諸島について
アラン諸島は、イニシュモア島(Inis Mór)、イニシュマーン島(Inis Meáin)、イニシィア島(Inis Oírr)の3つの島からなる。2024年8月のゴールウェイ初訪問時、最大かつ、観光客に一番人気だというイニシュモア島に行きたかったのだが、バスで1時間程のところにあるロッサヴィール(Rossaveel)港まで行く時間と根性がなく断念し、3島の中では1番小さく、ゴールウェイ発のツアーが多い、イニシィア島に行った(この島も素晴らしかった)。

今回は、街の中心地から徒歩20分程のゴールウェイ港から出発するイニシュモア島ツアーを見つけ、申し込んだ。ただ、予約サイトではツアーという体裁を取っているが、事前に知らされたのはゴールウェイ港での待ち合わせ時間のみ。帰りのフェリーの出航時刻すら案内がないので、昨夜ツアー主催者である「アランアイランドフェリーズ」のホームページを確認すると、フェリーの運行スケジュールと航路が掲載されていた。9時半にゴールウェイ港を出港、11時イニシュモア島到着。帰りのフェリーの乗船時間は15時なので、滞在時間は4時間程だ。ゴールウェイへの帰路、「モハーの断崖」に立ち寄ることもわかった。要するに、このツアーの実体は、ゴールウェイとイニシュモア島を往復するフェリーの乗船券だったのだ(ゴールウェイ港とイニシュモア島を往復するフェリーは、4月から9月までの季節限定運航なので、要注意)。フェリーの運航スケジュールは決まっているのだから、ツアーの旅程表に書いてくれたらいいのに。

イニシュモア島到着後は、1)ミニバスツアー、2)馬やボニーの周遊ツアー、3)自転車レンタル、の選択肢がある。ポニーに引かれてのんびりと島を廻る、というのもなかなか魅力的だが、今回は滞在時間が短いため、島を効率的に廻ることができるミニバスツアーに参加することにした。
ゴールウェイを出発
集合時間の9時前に港に着くと、既に長い行列ができていた。



島までは90分。海上は風が強く、結構揺れる。太陽が顔を出すと暖かいが、風が強いので、ユニクロの厚手の防水ジャケット(バーゲンで安かった)を着てきて正解だった。おかげで寒くない。

イニシュモア島到着
11時にイニシュモア島に到着すると、ミニバスのドライバー兼ツアーガイドが観光客を待ち受け手いて、バスが満席になるまで客引きを続ける(満席になると発車する)。



僕に声を掛けたドライバーは、最後の4人組の客をバスに乗せるために、既に乗車していた家族に「子供は無料にするからさ!」と言って、子供を親の膝に乗せるよう促す。それでも座りきれない女性を運転席のとなりに簡易な椅子を置いて座らせ、女性は「えっ?わたしがここに座るの?!」という表情になったが、ツアーは始まった。


なんらかの法律に抵触していそうだが、これだけ息苦しい世の中で、こんな風にのどかな世界があってもいいではないか。いや、あって欲しい。

ドゥーン・エンガス(Dún Aonghasa)
最初の目的地「ドゥーン・エンガス」の麓の村で停車。パンデミックの影響か、入場料を徴収されるはずのビジターセンターはなくなっていた。



「ドゥーン・エンガス」は紀元前に古代ケルト人によって築かれた建築物だが、文字の記録が残っていないため、何のために建てられたのか、確かなことは分からない。現時点では、1)軍事要塞説、2)人々が集まる儀式の場所説、3)その「両方説」がある(ここでは便宜上、要塞とする)。
14時までの2時間は自由行動。要塞へは片道徒歩20分、持参したサンドウィッチを食べながら坂を上る。



地面は固い岩で、辛うじて雑草が生えている。大西洋から吹き寄せる強風が土を吹き飛ばしてしまうのだ。見渡す限り、木は1本も生えていない。



坂を上り切ると、大西洋が見えてきた。既に絶景だ。


要塞の中に入ると、一気に視界が開けた。崖の近くまで行ってみると、太陽が海面に反射して眩しく、水平線が見えるだけ。ここはまさに「この世の果て」だ。




断崖の淵に立って、ここ「ドゥーン・エンガス」が何のために建造されたのか、想像してみる。眼下100mlの海面から攻め入ろうとするのは、ケルト人をヨーロッパの西の果てまで追いやったローマ帝国だろう。ローマ帝国が攻めてきたら、僕ならその辺の岩を切り出して船に向かって投げる。なにせこの島全体が岩でできているから、武具の材料は豊富なのだ。
一方、儀式の場としてはどうか?ここは小高い丘の平地で、見晴らしが良い。ケルト人の宗教「ドルイド教」は自然崇拝の多神教で、輪廻転生や太陽、森、川、岩など、万物に宿る精霊を信じていたという。太陽に近く、海を見渡せるこの場所に人々が集い、豊穣の祈りを捧げていたとしても、何の不思議はない。よって、僕は「両方説」を支持したい。

崖の淵に寝転んで海面を見ている猛者たちがいるが(リスクテイカーの狩猟民族だろう)、「蕎麦屋のカツ丼を食べさせてやる」と言われたとしても、僕はまっぴら御免だ(日本を離れて65日、なかなか心が動くオファーだけど)。


断崖の淵まで30cmくらいの所に行くのが僕の勇気の限界で、自分が保守的な農耕民族なんだと実感。


要塞には40分程滞在し、来た道を戻る。


麓に降りて集合時間の14時まで20分あったので、村とその周辺を散策。






と言っても、村の付近にはロバが3頭いただけだった。



14時になっても集合場所にバスが現れない。僕も含め、ツアー客の多くが15時半出航のフェリーに乗るので、時間を気にしている様子。定刻を10数分過ぎてようやくバスが到着。ドライバーは、「道が通れなくて、ベストは尽くしたんだけどさ。フェリーの出航時間には間に合うから大丈夫だよ」とあくまでも明るい(実際、道路は車がすれ違えない程狭い)。

彼はこの島の出身の元漁師、スーパー陽気で猫の鳴き真似が上手い。1100人の島の住人は全員顔見知りらしく、すれ違う度に挨拶を交わす。こんな「未来少年コナン」のハイハーバーみたいな世界があるんだ。
セブン・チャーチイズ(Na Seacht Teampaill)
ゲール語で「7つの教会」を意味する教会と修道院の遺跡群だが、7つの教会の跡が残っているわけではない。海を見渡せる小高い教会の周囲にはお墓がある。











キルマーベイ・ビーチ(Kilmurvey Beach)を左手に見て、アザラシのコロニーへ。

アザラシのコロニー
浅瀬に岩があるな、と思って見ていたら、その岩が動いた!





ドライバーの言った通り、15時過ぎにはツアーを出発した港に戻ることができて一安心。下車時にツアー代金25ユーロをクレジットカードで支払う。「後払い」とは、なんとものどかな世界だ。

モハーの断崖へ、右舷左舷問題
昨夜調べた航路図によると、フェリーは進行方向の右側に「モハーの断崖」を見ながらゴールウェイ港に戻るので、上階デッキの右舷に陣取る。

15時半、俗世とは時間の流れ方も人付き合いも異なるイニシュモア島を出航し、イニシュマーン島(2番目に大きい島)、イニシィア島(去年行った1番小さい島)を通過。



「モハーの断崖」が見えてくる頃には、イルカが海面からジャンプして挨拶してくれた。

太陽が出て、絶好の「モハー日和」。幾重にも重なる地層がよく見える。海上ではインターネットに繋がらないし、フェリーは結構揺れるので、手摺りにつかまってずっと海を眺めていた。


お土産を買う
18時過ぎにゴールウェイ帰港。こんな長旅に快く送り出してくれた家族へのお土産に、アランセーターの店でメリノウール製のマフラーを購入。



ホテルに戻り、潮風を浴びてベタベタになった防水ジャケットを水に浸したタオルで拭く。
夕飯
20時半、今夜もシーフードレストラン「Mc Donagh’s」へ。昨日は売り切れだったフィッシュスープと、フィッシュアンドチップスにギネス・ビールを注文。料理がサーブされた後、4人掛けのテーブルに後からきた客と相席になった。


四人組の家族と相席中

相席客は、ニューヨークから来た両親と兄弟の4人組。家族で頻繁に旅行するそうで、16歳の次男はすでに22カ国を旅行したという。すごい。今年2月にはアイスランドに行ったというので詳しく話を聞いた(以前から旅先としてアイスランドには興味があった)。いわく、1)2月はローシーズンなはずなのに、なぜが現地は混んでいた。航空券とホテル代は安かったからいいんだけど、2)スーパー安全、3)景色抜群、3)街には必ず温水プールがある。なるほど、行きたくなってきた、アイスランド。
海面上昇問題
食後にゴールウェイ湾を散歩。昨日は気づかなかったが、スペイン門になにやら光の線がある。表示を見ると、2050年にはこの光の線まで海面が上昇することが予測されるとのこと。このままでは街が海に沈んでしまうという、生々しい問題だ。





気を取り直して、湾を散歩。




歩き足りないので、クェイ・ストリート~ハイ・ストリートを歩く。土産物屋兼CD屋に入ると、昨年はなかったK-Popのコーナーができていて驚いた。



洗濯して1時半就寝。
この旅、66日目の記事はこちら



